ヴィンテージの不思議
「ヴィンテージ Vintage」何かこの響きって良い物ですよね!?
ジーンズ、電化製品、時計、車、建物等々、それぞれが活躍していた時代には当たり前だった物なのに時の流れと共に懐かしさと共に新しくモダンな感覚も現れ、希少で高価な物へと変わっていくのはいつ考えても不思議な物ですよね。
そういいながらも私もヴィンテージ物好きの一人なのですが、懐が許さずヴィンテージ物と言える物は我が家にはほとんどありません。
着尽くしてなるべくしてなってしまった古着ぐらいでしょうか?
このヴィンテージという言葉は私の本職であるお酒の世界にもあり、非常に重要な要素となっているので、今日はこの「ヴィンテージ」について少しお話ししたいと思います。
お酒の場合、ヴィンテージは醸造年度を指す言葉で、主にワインとウイスキーに用いられ、「このワインのヴィンテージは○○年です。」という風に使います。
しかし、これはワインに限らず日本酒の世界にもあるもので、日本酒の場合には「酒造年度○○年」や「○○BY」といった表記をし、近年の地酒界では結構、重要な要素となってきています。
そもそも、ヴィンテージの表記とは何のためにするのか?というところからご説明します。
「ヴィンテージは古くなったことをありがたがらせて、希少価値を上げるため」な訳はなく、その中身を推測できる要素の一つとして用いられているのです。
ワインの場合で説明しますとワインは皆さんもご存じの通り、葡萄果汁を発酵させてできた飲み物ですので、葡萄の味わい、つまり出来不出来が最もストレートに表現される飲み物の一つで、葡萄そのものを食べるよりも葡萄の出来がワインの出来を大きく左右してしまう物です。
言うまでもなく葡萄は果物であり、その年の気候によって出来映えが左右されます。
例えば暑い年でしたら葡萄の実の水分は減り、その分、糖度が上がり完熟しますが、食べ物の大事な要素である「酸味」が減ってしまいますし、熱で過熟した上、腐敗が始まったり、干からびてしまったりと大きなリスクが伴います。ワインになってからはこういった年は色濃く、果実味一杯の仕上がりとなるのですが、(熟成に必要な)酸が少ないために長期熟成には向かない物となってきます。
逆に寒い年には葡萄が育たず酸味ばかりが出てしまい糖度がのらず完熟しない葡萄の上、水分が多くなってしまいます。こういった年のワインはよく言えばエレガントな仕上がりとなりますが、水っぽくスマートな印象のワインとなってしまいます。
ただ単純に考え、比べるとするならば前者が「良いヴィンテージ」。後者が「悪いヴィンテージ」となるのですが、それだけでは説明がつかないのがこの「ヴィンテージ」のおもしろさです。
ここからは醸造家の腕の見せ所で、「良いヴィンテージ」であれば当然、原料となる葡萄は「良い」状態であるためそれ程、苦労せずに良い出来映えのワインを造ることができます。
しかし、「悪いヴィンテージ」の年に「悪い年だったからできたワインもこんなものです」といっても当然消費者は納得しません。
造り手とワインの名を汚さないためにこういった年ほど卓越した醸造家達は並々ならぬ努力をし、素晴らしいワインを生み出していきます。
ここが醸造家の善し悪しであるし、悪いヴィンテージにいかに素晴らしい葡萄を育て上げるかという栽培者の努力であり、ワインの最もおもしろいところでもあります。
こういったことで著名な生産者の中では「悪いヴィンテージ」だからこそ生み出された「傑作」がたくさんありますし、「良いヴィンテージ」にしては「若いうちに飲むには美味しいが、複雑味や面白み、熟成の可能性に欠ける」などといったことがよくあります。
日本酒の場合は「原料である米の出来不出来は酒の出来を左右しない」とよく言われるのですが、私の経験上ではそうではないと思っています。
そういわれてしまうのは、ワインほど原料そのものの出来や個性がストレートに酒に表現される物ではなく、杜氏の技術により原料の欠点をある程度カバーできてしまうからだと思います。
天候についても今年のような暖冬時の蔵では東北の山奥の立地でも製氷器が大活躍し、モロミの温度が上がり、過度に発酵しないよう経験と技術で温度管理を行ったり、設備の整った大きな蔵では温度管理のできるサーマルタンクや温度管理が万全な空調設備が整っているためにさほど気象条件が悪くともお酒造りには影響がありません。
私が取り扱っているお酒のほとんどは小さな酒蔵でこんな設備はないために杜氏達の経験と努力で良い酒造りを行っている最中なのですが、大きな蔵元ではいつも通りの酒造りが行われています。
環境の整った中で酒造りを行うのは恵まれた環境のように思うのですが、そういった中では人間の五感で感じる「職人技」というものが、薄れていってしまっているように思えてなりません。
皆さんはどちらの環境が良いと思いますでしょうか?
よく「ワインは葡萄がつくるもの」「日本酒は人がつくるもの」という人がいますが、私はどちらも自然と人が調和してできる物であり、どれが欠けても出来上がらない物だと信じています。
今年の日本酒のヴィンテージ(日本酒の醸造年度は秋から翌年夏までを指しますので、現在仕込み中のお酒は平成18BYや2006年度醸造などと記載されます)はどんな具合でしょうか?
私の個人的に感じている特徴ですが、今年のお酒は米の心白部分が硬いようで、溶けにくく旨味が出にくくカッチリとした味わいになりがちな傾向にあるようです。
しかし当店に入荷してきている新酒を見てみるとさすが杜氏の「職人技」と思える素晴らしい出来映えのものばかりで、新酒ながら飲み口は柔らかくいつもよりは旨味の部分は少なく感じる物の逆にキレがあり、全体的に爽やかな傾向を感じますが、酒質自体はしっかりとしており、熟成も楽しめそうです。
「心白」とは米の中心部分で、良いお酒を造り上げる重要な部分。大吟醸は雑味の元となる心白のまわりの部分を削り取ってしまい、心白の部分だけで仕込みます。そのため原料のお米は半分以下の量になってしまうためにその分、原料を多く使用することとなり、価格も高くなると言う訳なのです。高級酒には「山田錦」という酒米がよく使用され、日本酒をあまり飲まない方でもこの名はご存じの方も多いと思いますが、この「山田錦」は米の粒が大きく、心白も大きいため、味わいの面で良いお酒ができると共に造りやすいということで「酒米の王様」と呼ばれています。
ワインの世界でも日本酒の世界においても悪いヴィンテージこそ各造り手の実力が試されるときであり、そこから生まれる感動がお酒の世界の楽しさだと思うと何と儚くも情熱に満ち溢れた世界なのかと私はお酒を愛して止みません。
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